最初に入院した病院で、僕はベッドに固定されていて、身動きできない状態だった。そのためにすぐに褥瘡が出来て、その苦痛も半端ではなかった。この病院の窓は、窓の下のフックを外して、外へ押して開くというタイプで、完全に窓を開放するということが出来ない構造になっていた。また、僕の病室は窓が頭の後ろに来る位置にベッドが並べてあったので、寝たきり状態では全く外を見ることが出来ず、いつも天井をながめていた。テレビもまだ普及していない時代だったので、ラジオを聞いたり、母が借りてきてくれた貸本を読んでもらったりして過ごした。
途中から母が手鏡で窓の隙間から外を見せてくれたが、あまりよくは見えなかった。この窓の下にいつも夜になると(何時頃だったか覚えていないが…、病院の晩ご飯を食べて随分経ってからだったと思う)、ラッパを吹きながらラーメンを売る屋台が通りかかった。あの独特の「らららーらら、ららららららーららら」というラッパの音がとてももの悲しい雰囲気で、田舎暮らしだった僕にはラジオなどで聞いてはいたけれど、ホンモノを聞くのは初めてだった。付き添いの母が一度買ってきてくれて、熱いのを食べさせてもらったが、とても美味しかったことを思い出す。母は「夜鳴きソバ」と言っていたけれど、それは屋台を引いて売るラーメンだった。
今でも、あのチャルメラの音と共に、病院のあの場面が思い出される。
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