僕は、整形外科の入院だったから、食事制限はなくて何でも食べることが出来た。婦長さん(師長?)に「良くかんで食べなさいよ」とよく注意された。大きなヤカンに入った、大量に作られた甘いミルク紅茶が大好きで、看護師さんの目を盗んでは何杯も飲んだ。
ところが、腎炎やネフローゼの子ども達が最も多く入院していたと思うけれど、彼らの食事は見た目はとても美味しそうに作られているのに、塩がほとんど使われていないためか、とても味のないものだった。何度か食べさせてもらったのだけれど、不味くて可哀想に思った。一緒に食事をするのが悪いような気がした。腎臓を患う子ども達がこんなに入院していることにも驚いたものである。
中学生の男の子で、“不良っぽい男の子”が入院してきて、その子に、「売店に行って、前田のランチクラッカーを買ってこい」と脅されたことがあった。入院して来てすぐから、小学生の僕たちにとても偉そうにしている子だった。「そんなん食べたらあかんやん。死んでしまうでえ」と僕らは言ったけれど、彼の命令が怖かったので、看護師さんに見つからないようにこっそり隠れてランチクラッカーを買ってきて彼に渡した。僕だけではなくて、何人かが彼の命令で買いに行かされていた。
ある日、彼は個室に移されていて、その部屋はカーテンに囲まれ、医師や看護師がしきりに出入りし、“お腹から水を抜いているらしい”と上級生が言っていて、大きな透明ガラスの入れ物にトイレに並べてある尿のような色の水がいっぱい溜まっているのをちらりと見てしまい、とても重篤な状況にあることを僕たちも知った。間もなく、“尿毒症”で彼は亡くなり、病棟全体が重苦しい雰囲気に包まれた。彼の使い走りをさせられて、前田のランチクラッカーを彼に渡していた僕たちは、自分のせいで彼が亡くなったと思った。けれども、その事を口にすることが、怖くて出来なかった。僕たちの間だけで、ヒソヒソとそのことを話した。けれど、その内話題に上らなくなった。
ある日、Yさんという、僕の自宅の近所に住むおばさんがお見舞いに来られた。その時、「モロゾフのチョコレート」を持ってこられた。食べ物を持ってくることは禁止されていたのに、(既述のように食べられない子が沢山いるから当たり前なのだけれど)Yさんは、「○○君は、食べても大丈夫やねんから、言わんといたらわからへん」等と言って、枕頭台と言われるベッドサイドにある小さな物入れに入れて帰ってしまった。僕は日頃から、カバヤのキャラメルとかオマケ付きグリコとか、庶民の子どものお菓子しか知らなかったが、神戸のハイカラな香りのするモロゾフのチョコレートなんて、食べたことはなかった。夜、消灯の後、こっそり箱から出して口に入れてみたらとっても甘くて美味しかった。
しばらくして、看護師さんが部屋を巡回して来られて、「誰かチョコレートを食べたねえ」と言われた! とても良いニオイが部屋中に充満していたそうだ! 残念ながらそれは没収されてしまい、翌日婦長さんから注意も受けた(-_-;)
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