出張のついでに、津和野に泊まった。古い街並みが保存されていて、倉敷の街…美観地区…を思い出す。安野光雅美術館に行った。プラネタリウムと学校の教室が併設されていて、独特の世界があった。
夜、観光協会主催のほたる観賞ツアーに加わった。源氏蛍の群れを観ることが出来た。何年ぶりだろう、蛍を観たのは。随分昔に、福岡県の八女郡星野村という村で、蛍の乱舞を見せに連れてもらったことがあるけれど、それ以来だ。僕が子どもの頃は、大阪の郊外でも蛍を沢山観ることができた。手でいくらでも取ることが出来て、虫かごや胸のポケットに入れて持ち帰り、蚊帳の中で放って見たりしたものである。蛍と言えば、野坂昭如の『蛍の墓』を思い出す。「おにいちゃん! ほたる、何ですぐ死ぬん?」あの映画の中の台詞を思い出す。
蛍ツアーの最中に電話が架かって来た。若い友人がとうとう亡くなったというお母様からの電話だった! 「その時」がとうとう来てしまった! …適切な言葉が見つからない。合掌!
人間という不思議なシステム、非常に精巧に創られたこのシステム! 精巧であるだけに、どこかに狂いが生じることもあって、これが修復できないとき、僕たちは人生を終えることになるのだろう。それにしても自分は60年以上も生きているのに、彼の友人はまだ36歳の若さだった!! この理不尽さを思うと…、無念でならない!!
出張中に古い友人と電話で話す機会を得た。何十年ぶりだったろう!! 「埋められぬ年月がそこにあ~る!」という森田公一の歌の歌詞を思い出す。 それぞれに精一杯生きてきていて、語り尽くせぬ時間の経過が現実としてそこにあることに、首うなだれるしかない。そんな気分である。この先、どんな人生が待っているのだろうか!?
我が孫は日に日に元気を取り戻しつつあるようだけれど、まだ退院までにはいたっていない。しっかり完全に治して欲しい!!
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