Y君 Y君は近所に住んでいた友人だった。少し(かなり?)肥満体で、背も僕よりは随分高かった。良く僕の家に遊びに来てくれて、あれやこれやと話しをした。我が家のペットの犬も彼のことは良く覚えていて、いつも大歓迎だった。とても穏やかな人柄で、笑顔の絶えない少年だった。
中学3年生の時に第二室戸台風が僕らの街を襲撃した。自分の経験した台風の中では最も激しい風が吹いた。我が家の屋根瓦はほとんどなくなり、床の畳が持ち上がるくらい風が吹いた。庭にあった鶏小屋もほとんど全壊して、鶏もほとんどどこかへ行ってしまった。南側の雨戸がはずれそうで、家族総出で家具などを移動させたり、紐を通して天井が持ち上げられないように引っ張っていたりした。 台風が通過して、街は一変していた。電柱も傾いて、あらゆるものがひっくり返された様な風景だった。その日の夕焼けがあまりにも綺麗で、…というか、ものすごい橙色で、感動的な色合いだった。その中を、僕はY君と二人で街のあちこちを「探検」して廻った。その日から1週間くらい停電と断水が続いた。台風の恐怖と、何故かその後の、ドキドキする気分で、荒れ放題の街中を二人して歩き回ったことを思い出す。
それから1年くらい経ったのだろうか、彼は僕とは違う高校に進学していたが、休みの日にはよくおしゃべりをしていた。ある時、僕が夜遅くになってから帰宅すると、母から夕方にY君が来ていたこと、我が家のワン公を散歩に連れ出してくれたこと、大分僕の帰りを待ってくれていたこと、等を話してくれた。「何か用事があったのかも」と思いつつ、「明日きいてみる」という風に軽く聞き流して床についた。
翌日、Y君が帰宅していないのだけれど、どこか心当たりはないかとY君のお母さんからたずねられた。その日の内に、Y君が僕らがよく遊びに行った山で亡くなっているのが発見された。新聞にもとても優秀な高校生だったと、その人となりを紹介する文章と共に亡くなったという記事が出ていた。お通夜に行き、お葬式にも出席した。遺体を見てやってくれと言われたけれど、どうしても直接見ることが出来なかった。
彼が、何に苦しんでいたのか、何を悩んでいたのか僕には全く解らなかった。いつも笑顔で、出会うとホッとする雰囲気を周りに振りまいていたY君だったけれど、悩みらしいことを聴いたことがなかった。彼には僕以外にほとんど友人らしい者もいなかったということも後で知った。後になって、そのご家庭が複雑で、深刻な紛争状態だったらしいという噂は母が近所から仕入れてきて聞かされた。
あの日、彼は僕の帰宅を待っていた。ワン公を散歩にまで連れ出して、待ってくれていた。何か僕と話したかったんだと思う。僕がもう少し早く帰って来ていたら、何かが違っていたかも知れないと、その後随分思わせられた。今だったら、携帯があって、きっとメールを送ってくれていたと思う。「すぐに帰るから、もうちょっと待ってて!」と僕は返事を送っていたと思う。
16歳の時の出来事だった。僕は今もう60歳を超えて生かされているが、僕の思い出の中でY君はずっと16歳のままである。
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