知的障がいのある方たちが暮らすグループホームで、3人の利用者さんからお話を聴いた。3人とも言語は明瞭ではないが、特に1人の方は一生懸命身振り手振りも交えて話されるが、僕にはどうしてもその断片さえも把握できず、ただただ申し訳なく、彼の苛立ちの気持ちが痛いほどわかる。他の2人の方は、職員の「通訳」もあって、「なるほど!」と合点がいった。
言葉や文字によって、自分の考えていること・思っていることを他者に伝えることが出来ないとしたら、どれほどストレスが溜まることだろう(>_<)。 知的障がいのある人たちの障がいの内容は千差万別で、一様ではない。言語障がいや運動機能障がいを伴う人もおられるし、成長過程で味わった様々な屈辱的な体験がずっと尾を引いて、精神に傷を負っている人たちもおられる。
彼らの障がいの故に、人々はゆっくりとじっくりと時間をかけて彼らの「思い」に耳を傾けようとせず、簡単に決め付け、そして「本人のため」と言って勝手に彼らの人生を決めてしまう過ちを犯す。3人の中の1人のSさんの怒りは、僕には痛いほど良くわかった。
Sさんの「こうしたい!」という生き方の選択が尊重され、現在の暮らしが継続できるよう、オンブズマンとしての役割を果たしたいと思う。
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