金 大中氏が亡くなった。韓国の歴史に、日韓関係の歴史に、北朝鮮との関係史に、それぞれに大きな足跡を残したノーベル平和賞受賞者であり、韓国民主化の象徴であり、元韓国大統領。
1973年に東京のホテルから韓国の情報部員によって拉致され、当時の朴正熙大統領の政敵として海へ投げ捨てられて殺されそうになりながら、微妙な政治状況の狭間で生き延び、後に大統領として太陽政策と呼ばれる北との融和政策によって南北統一を目指そうとした、正に波瀾万丈の生涯だったと言えるだろう。
朝鮮日報と東亜日報の電子版ではそれぞれ特集記事を組んでいた。(今日の昼に読んだ限りでは圧倒的に朝鮮日報の方が質量共に充実していた。)
氏が東京のホテルから拉致されたときだったと思うけれど、僕は初めて新聞に投書をして、それが「今月の投書から」とかいうまとめ記事の中で紹介されたことがある。何をどう書いたのか詳しくは覚えていないが、氏のいのちが脅かされていて、日韓政府がそれに絡んでいるのではないかといった不確かなことを書いたのではないかと思う。当時の韓国は北朝鮮と変わらず非民主的で、情報機関(KCIAと呼ばれていた?)が日本でも暗躍していて、在日の人々もその言動にいつも神経を使っていたように思う。金大中氏は民主政治到来の象徴だったと思う。三金と言われたけれど、僕には金大中氏のみが真っ当な政治家のように当時は思っていた。
韓国も、日本も、独裁的な政治手法が使われていた時代があった。軍国主義時代の日本は、正に恐怖政治の時代だったと思う。例えば「非国民」という一つの言葉でレッテルが貼られると地域社会の中で生きては行けないような恐ろしい時代だった。
学生時代、韓国からの留学生はいつもKCIAの目と耳を意識していて、僕らと一緒に学んでいてもいつも誰かに見張られているという意識から自由にはなれないと漏らしていたことを思い出す。
全斗煥元大統領が金大中氏を病院に見舞ったという記事を先日読んで、韓国の時代の大きな変化を思った。北という“病巣”を抱えながら、半島全体の平和的統一を目指さねばならない韓国の苦難はまだどれくらい続くのだろうか。
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