秩父のおばあさん
NHKのドキュメンタリーを観ていて、人間とは本当に悲しい存在だとつくづく思わせられた。人生、一回きりの命を、どうあがいても一方通行の道を歩んで、そしてゴールには死が待っているという。
埼玉県の秩父の山間部の小さな村で、老夫婦が険しい傾斜地で畑仕事をしながら暮らしておられる様子が、本当にしんみりとほのぼのと映されていて、じんわりと胸に迫るものだった。加齢とともに徐々に耕すことができる畑が狭くなり、お爺さんが亡くなり、そしてお婆さんは畑で倒れて亡くなり、残った村の人たちが畑を守り、花木を守っていかれる姿が淡々と描かれていた。取材の人たちが8年間通って撮り続けたドキュメンタリーは、それだけで観る者に、観る者の側の勝手な心の「受信機」に反応して、様々な感慨をもたらす。
今回、僕の気持が微妙に揺さぶられたその内容を、上手く表現できないのはどうしてだろう。
あのお婆さんのとっても可愛い表情、暮らしの姿勢、生活ぶり、一人になっても抑うつ的にもならず、自然を愛でながら、まるで花や木と語り合うように暮される様…、それら一つ一つから、是非このお婆さんだけはもっともっと長生きしてほしいと、僕は念じるようになっていた。彼女には「永遠に生きる権利がある」といつの間にか思ってもいた。でも結局彼女も死んでしまった! 何故! どうして! と、理不尽な叫び声を上げそうになる自分がいた。
秩父の山間部の村で色とりどりの花をつけた花木を見たら、それはきっと彼女や彼女のような人達が植えて育てた木に違いないと、勝手に思おう!!!